2009年11月28日

vision(赤倉 旧マルサン食堂)

「vision」
直訳すれば、それは「視界」となるのだが、わたし達の視界には、一体どんなものが映っているのだろうか。

ー ー ー ー ー

季節は寒さを増し、11月下旬とはいえ、秋の装いはあっという間に過ぎ、冬枯れの山々が映る。
赤倉の商店のおばちゃんが、
「今年の紅葉はそんなじゃなかったね」
と、言うが、それでも駆け足で過ぎた秋の彩りは、十分に美しかった。

足尾が最も輝く季節はどれか…
誰もが皆「秋」と答えるかもしれない。
でも、夏の景色も捨て難いし、「桃源郷」と比喩される、梅、桜、桃が同時に咲く春の足尾も素晴らしい。

けれど、僕は「冬」を選ぼう。

ー ー ー ー ー

雪が降る。
日光の山々を超えて吹き下ろす、乾いた冷たい風。
雪は粉のように軽く小さく、それでも地表の温度では溶けない。
風花が舞う。
手のひらで雪の粒は、一瞬で溶けていった。
自分の体温が思いのほか温かいことを知る。

夏に訪れた足尾の山は、(公害の原点と言われるものの)思ったより緑が濃い。
ただその緑はほとんど「草」であり、また落葉樹であることを、冬になり知る。
誰かが言ったが『足尾には森が無い』。冬、目に見えている落葉した木立は、ほぼすべてが植林によって生まれた『林』である。
自然としての『森』は無く、人の手で作られた『林』しかない。
本当の足尾の姿は、冬にならないとわからない。

ー ー ー ー ー

赤倉旧マルサン食堂は大正期、すぐ目の前の赤倉製錬所(現存する足尾最大の鉱山施設)とほぼ同時期に、割烹・日本料理屋「日野屋」として建てられたらしい。
それ以降、遊郭的な営業もされていたとも言われるようだが、記録には残っていない。一番近いところでは、通洞にある「喫茶マルサン」(現在は閉店)の店主の親族が食堂として経営していたという。
この建物は、足尾の最盛期から今日までの景色を見つめてきた証人なのである。

ここは2006年に、ひょんないきさつで、喫茶マルサン店主の方と仲良くなり、その日のうちに貸していただけることになった場所で、それから年間通じて参加アーティストの滞在拠点となっている。


ーVision of Archiveー
わたし達はこの場所で寝泊まりし、いったいいくつの景色を見てきたのだろうか。
わたし達が見て来た景色は、とりわけ珍しいものばかりではなく、また、歴史的に貴重なものばかりでもない。足尾、そして渡良瀬渓谷のごくありふれた日常でしかない。それらは、この旧食堂の沿革と同様に、記憶はされても文献に記録されることはない。しかし文章にはならなくとも、数にして年間1万枚近くのデジタルデータとして残されている。これまでの4年間、ざっと単純計算して4万枚の写真がある。つまりは4万回、レンズ越しにのぞき見た渡良瀬の景色がある。
デジカメやケータイカメラが一般化した現在、写真というもの自体が非常に身近になり、ともすればお手軽ゆえに安っぽくも思われるだろう。
しかし、ひとつひとつにそれほど意味はなくとも、量となって初めて見えてくる『視界』があるのではないだろうか。

今回の赤倉旧マルサン食堂での展示は、体裁上は「WAPのアーカイブ」となっているが、ここにはほとんど文章らしき説明は無く、あるのは、わたし達が見て来た景色から作られた、このプロジェクトの持つ『視界』である。

考えてみれば、アーティストには思想・哲学、様々あれど、平たく言えばヴィジュアルの創り手と言うこともでき、景色を見ることは、そのベースとなっている。
言葉よりも明らかな、わたし達の視界を見せること。
それがこの展示の主旨であり、またプロジェクトの現段階でのアーカイブである。

ー ー ー ー ー

冬がやって来た。
けれども私の好きな「本当」の冬はまだ少し先で、その美しさは今は秘密にしておこう。

先日、わたらせ渓谷鐵道の運転手に、どの季節が一番好きか尋ねてみた。 偶然に彼もまた「冬」と答えたのである。


わたし達はこの先も、渡良瀬の景色を採集し続けていく。
わたし達の視界は、より深淵に、またより大きな広がりとなっていくだろう。

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皆川俊平

2009年11月23日

アーティストランである事 : 渡良瀬社宅15号

渡良瀬社宅は、ワタラセアートプロジェクトの重要拠点と言える場所だ。初年度のメンバーにとっては、ゼロから始めて、活動の地盤と地域の方々との関係を築き上げた経緯があり、思い入れは深い。一方で、歴史文化を踏まえた場の独自性や、まとまった数の戸数が利用可能であることなど、新しく来た作家にとっても、魅力的であることには変わりはない。
今年の初旬、社宅の責任者が私に決まり、今後の可能性について、副代表の皆川とこんな会話を交わした。「常設作品に出来たら素敵だよね。美術を “風景”の一部として機能させられる。」「じゃあ、まずは、レジデンスにしてみたら?場とのやりとりや、地域の方々の協力によって出来た、規模の大きな作品を見てみたい。」そこから、この企画が動きだした。

わたらせ社宅展の運営は、まさにアーティストラン。始めは、私がディレクターのつもりで進めてみたものの、展覧会を回していく上で、やるべき事は多く、自分のキャパシティを超えてしまった。それを期に、全員で回して行く方向に切り替えた。参加アーティストからは、作品制作の時間が削られる事に不満も声もあがった。しかし、進めて行く内に自然に、動ける人間が動くように変化していた。アーティストが社会の中で作品を発表していく上で、必要な事を実践によって自覚したのだと、私は感じた。

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最終日に行った、アーティストトークの様子/自作を前にして各アーティストが作品解説を行った。

アーティストランによって、私たちは、美術に関心が低かったはずの人が興味を持ち始めてくれる事の変化、美術に心を許さない人がいる事、美術を取り巻くリアルな現状を、自分の問題として肌で感じた。そういった環境の中で、アーティスト自身が自分の役割を見いだす事は、アーティストの自立に繋がっていると言える。

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季節によって違う顔を見せる渡良瀬社宅

その反面、アーティストランによる問題点も浮き彫りとなった。専門的なディレクターや学芸員がいないため、ディレクションや広報などの力不足は否めない。そこをどうカバーしていくかが、今後の課題である。

最後に私が、わたらせ社宅展に求めた、「美術を “風景”の一部として機能させる」事は実現したか。答えはイエスである。長期間滞在する事で、地元の方は去年までのような、接し方はしてくれなかった。しかし、それは、“夏休みに遊びに来た孫(もしくは娘・息子)”に対するものから、“隣で制作しているアーティスト”に対するものへの変化だと受け止めている。イベント的な美術展ではなく、ごくごく当たり前の日常が美術によって違った顔を見せる、そのぐらい自然に美術がこの土地に根付いていって欲しい。その第一歩は踏み出せたのではないだろうか。この気持ちと共に来年の企画にバトンを渡したい。

羽山まり子

2009年11月15日

realise-認識する[英]   渡良瀬社宅31号-2号

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家の中にいるのに、外と何ら変わりない空気を感じる。
虫の声、鳥の声、風の音、川の流れる音。すべてがフィルターを通さずにダイレクトに耳に入ってくる。
それは都会育ちの私には初めての体験であり、内外の境が曖昧なその家に魅力を感じた。
そのとき私は31-2号で制作していくことを決めた。

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まず私は家の「境」を探ることから始めた。
曖昧といっても、その家にはその家の持っている「境」が必ず存在するはず。


自分が今立っている畳の一点から10センチ前の点――
壁に触れている面とその中にある面――
向かいに住んでいるおじいさんと私の関係ってなんだ――?
寝て夢見てまた起きて――


探っていて気付いたことは、「境」には必ずわたしの「認識」があってこそだということ。

そこから、「夢と現実」、「手前と奥」など両極の間にある「と」の部分に変化を起こすことで、「と」を認識させることをコンセプトとした。

私とこの場所だから感じられる違和感、居心地の悪さ、良さ。それによって再認識する「境」を発見したり感じてもらえたらと思う。

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生井沙織

2009年11月08日

アーティストの成長 実験と実践の場として:渡良瀬社宅12-2号

ワタラセアートプロジェクト(以下、WAP)発足時にはメンバー最年少だった私も、いつの間にか年長さん組に入ってしまった。それはそうだ。生まれた子は4歳になり、大学生は卒業してしまう程の年月が流れたのだから。時に当事者として、時に遠くからWAPの推移をみてきた。


WAPで活動すること、それは秘密基地をつくって日が暮れるまで友だちと遊ぶ感覚に近い。

集まる作家は不思議と都会っ子が多い。習い事をいくつもして、塾に通って、多忙な幼少時代を過ごした者も少なくない。私もそんなひとりだった。子どもの頃に満たしきれなかった冒険心と秘密基地づくりの欲求を満たしてくれる薬とでも言えばいいだろうか。


私自身そもそもの発端はといえば、そういった冒険心から山梨へ出向き舞踏家・田中泯氏率いる身体気象農場にて農作業を体験、彼らの夏の祭典『ダンス白州』でのスタッフの経験から、今度は自分自身の活動する場をつくりたいとの思いが募った。

そんな中、縁あって桐生森芳工場のリノベーションに参加。蘇った森芳工場を拠点として地域の子どもたちとのワークショップ等の活動を開始。その後、現在まで十数年続く現代美術展『桐生再演11』で先輩作家や同学年の友人ら共に作品発表を行うと同時にWAP発足のきっかけともなった。その他にも様々なアーティストのお手伝いと称していろいろな現場にお邪魔させていただいた経験が今日に繋がっている。


WAPという場は、自分たちの秘密基地から、今度は私よりも若いの作家がそういった経験を積む場へと、この4年間で推移してきた。それをどうリードしていくことが出来るか。どのように個々にあった課題を見つけ、達成感を味わい、次に繋げるか。その手助けとなることが年長さんの課題である。


石井 香菜子

2009年11月03日

失策(渡良瀬社宅1号)

私がこのプロジェクトに関わり始めてから約1年半が経ちます。


足尾町にある渡良瀬社宅での制作計画を考え始めてからだいたい半年ぐらいです。


展示も終盤になりまた一つ区切りがつきそうですが、今回たっぷりと課題が生まれたのでそれらが次への肥やしになるのではないかと感じます。


社宅内にある1号棟が私の会場ですが、自分の脳内に浮かんでいる一種の屈折的趣向を再現する場としてなかなか良いところであると思いました。


ただ、力量が足らずまさに<何とも言えない>展示になってしまったのは無念でした。


例えば、私の趣向を頑なに主張するあまり、作品としての面白さが薄れてしまった。


とか、子供になった自分が後片付けをせずに放置した状態というのが構想した時点であったが、平屋の持つ独特なセンスに負けじと作家の真似事のような匂いがあり最終的に少し片付けてしまった。というような。


特に、制作場所に私自身が強く影響されてしまうことが作品への糸口となる場面で、強制してそれを遮断してしまう方向へ舵を取り続けたのは愚かな決定でした。


全部で3室の展示ですが、その内2室を半分暗幕で覆っています。これは晴れの1室との区別をはっきりさせたくて、というか最初に暗室のイメージがあったからですが、結果的に当初よりもじめっとする閉鎖された場所になりました。とても気持ちのよい日差しが入る場所でしたが。


今もそのままになっていますが、外してしまえばもっと違う雰囲気の展示になったかもしれません。


時には自身の考え方を固持するより、場にある流れを汲み出す方法が作品を解決に導くという可能性を未消化ではあるけども感じました。


最初に持った考えを捨て去る事自体難しいことだと思いますが、敢えてその必要に迫られる展示をすることが自分を向上させるんだと思います。

赤本啓護

2009年11月01日

ファッションショー“宴〜ウタゲ”群馬県桐生市旧東洋紡織工場

11月1日、群馬県桐生市にある菓子屋、青柳ノコギリ屋根店の横に列なる旧東洋紡織工場において、ファッションショー“宴〜ウタゲ”の公演を行いました。

洋服に用いた布はほとんどが桐生で織られた布、モデル、スタッフも前回に引き続き桐生を中心に足利、足尾、太田などから集まった人達で、桐生を中心にすべてを一からつくりあげたファッションショーとなりました。

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8月22日に大間々のマンガン工場で行ったファッションショー『記憶』がきっかけとなり、10月31日からスタートする桐生ファションウィーク内のイベントの一つとして再びファッションショーを企画させてただくことになって、そこからはすべてがものすごいスピードですぎさっていきました。

前回はなんとかファッションショーという形をつくりあげたもののけして作品として満足のいくものではありませんでした。地方に赴きそこでなにかを行うということはけして簡単なことではなく、自分達のやりたいことを理解していただくために、コミュニケーションをとり、ゆっくりゆっくりと信頼関係を気づいていく必要があります。今回は2回目ということでモデルさんも前回から引継ぎ2回目の方が多かったため、作品の雰囲気や意図などをスムーズに伝えることができたと思います。そのぶん、前回とくらべて作品の内容をより充実させるように努めました。

内容はハロウィンの時期ということもあって“変身、化ける”をテーマに、やりたいことをやりのこしたまま亡くなってしまった幽霊達がここぞとばかりにやりたい放題のウタゲを開催するというもので、それぞれの幽霊にキャラクター性をもたせて衣装のデザインを行いました。

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いつものことながら、スケジュールは押し、トラブルは発生するし、ほっと一息つく間もないままの本番でした。けれど、参加してくださったたくさんの方々に支えられて作品と呼べるものができあがったと思います。もちろん反省点は山積みなのですが、ショーという一瞬しかない時間のなかで全員の力を出し切れた後の感動は最高に気持ちの良いものでした。

いつものことながら、モデルのすばらしさには驚かされます。けしてみんな人前に出るのが得意な人達ではないし、普段はまったくちがう職を手に持つ方々です。けれど、それぞれがショーという特別な空間の中で新しい自分を見つけ、演出をしている私達が驚くほどのなんとも言いがたい不思議な魅力を放つのです。みんなの変わっていく姿をみていると人間の可能性の深さには底がないなぁとつくづく思いますし、私達はあくまでもきっかけをつくっているだけで、そこから世界観を構築していくのはモデルさん自身の力なのだと思います。そしてその可能性が次回の作品のインスピレーションソースになったりします。

なによりもうれしかったことはこのショーが人と人をつなぐ一つのきっかけになったということです。このショーがなければけして会うことのなかった方々、そのみんながふれあい、また新たなつながりをつくりだしていく…、そしてその中で新たな自分を捉えて変わっていく。“変身、化ける”というテーマはこのショーだけではなく、その先にもつながるものになっていきました。

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まだまだ未熟者ですし、やりたいこともあやふやで、何も見えないところを進んでいるような気分ですが、2回目にして少しずつではあるけれど道がみえてきたような気がします。
このはりめぐらされたつながりの糸のなかでどう動いていくのか、これからの自分達の未来に若干の不安を感じると同時に、どうしようもないくらいワクワクしています。

この果てしなくつづくつながりの中に存在しているすべての方々に心から感謝いたします。


前野 里佳  前川 加奈

2009年10月24日

触れる感覚、そして拡大 渡良瀬社宅12-1号

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1年目と同じ場所で滞在制作しましたが、1番去年と違うと感じた事は、
「この場 所を知っている」ということのような気がします。
「慣れ」かも知れません。
ただそれがあると、
この場所の見方、接し方、見ている所が大分変わっていることに気付きました。
実際今年は、足尾に夏始め三週間滞在し、
24日オープンに向けて何度か滞在しましたが、去年とは全く違う動きをし、
作品形態や表現の変化も確認できました。


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この「慣れ」が、この場所の私にとっての
「価値ある何か」に気付けたのかも知れません。


清水信幸

「わたらせ社宅展」ご挨拶

近代産業の華やかな舞台であった足尾。“かつて”の場所で私たちは何を感じるのだろうか。

思いのほか、それは“現在”である。たとえ華やかな過去があったとしても、その時代を知らない私たちは、それを実感する事はできない。
コミュニティと生活、証言と風景―目の前の現実にしか、リアリティは持てないはごく自然な事だ。

渡良瀬社宅は、時間と空間の中で、足尾の現在を、体感できる場所である。
展示で使用するだけでは、本質は見えてこないから、アーティストを場に介入させ、夏から、レジデンスとして機能させた。

地元の人の人との距離感、暖かさ、淋しさ、コミュニティの閉鎖性、そこで営まれている生活―風土に影響されてアーティストの作品は変わっていく。
制作と一言にいっても、手を動かす事だけが制作ではない。自分と他者・風土との反復行為、つまりコミュニケーションも制作である。その関係の深さが、作家の制作のモチベーションに繋がっていく。

最近、めっきり冷え込む日が増えてきて、社宅の人は時々しか顔を見せてくれない。紅葉が見られるのも、ほんの一瞬かもしれない。

これから、色をなくしていくこの場所に、彩りを添える展示にしたい。
それが、足尾の”現在”と自分の”現在”を映す鏡に成り得るという実感を持って。


羽山 まり子



「わたらせ社宅展」
日程:10月24日(土)〜11月23日(月)※土
日祝祭日のみ公開
時間:10:00〜17:00
開場:渡良瀬社宅
交通:足尾駅より徒歩5分

ワタラセアートプロジェクト2009「足尾-日光」展開幕

ワタラセアートプロジェクト2009「足尾-日光」展では、秋から冬へと移りゆく季節の中で、各アーティストおよび各会場ごとに自主的かつ独立した展開として、スライド式に会場を公開していきます。

足尾は、昨年までのプロジェクトでは常に主会場としての位置づけであり、また参加アーティストの滞在拠点でもあったことで、プロジェクト参加アーティストと市民との交流が、様々な形で生まれています。

これまでの動きから、足尾はWAPのプロジェクトへの考え方(アーティストの視点で / 自律型のチーム / 日常的側面からの地域への介入 / 非日常的な体感性)をもっとも反映し、他の様々な[地域における芸術行為]と一線を画す活動を実践してきた場所と言えます。

そして足尾での活動は、フェスティバル性の強いものから徐々に恒常的な、より地域の社会的問題意識に根ざした取り組みへと変化しつつあり、「足尾-日光」展での試みは、まさにその『変化の過程』の視覚化に他なりません。

アーティスト集団として始まったWAPが、各々の作品性の向上を図る中で、自然にプロジェクトとしての「アートの質」の向上へも視野を広げてきたと言えます。

足尾という街はかつて銅山で栄え、 採掘・製錬技術に付随して公害をもたらしましたが、同時に生み出された数々の画期的な技術があります。その中には現代の生活および環境への思考の一部となっているものもあります。

また工業的技術だけではなく、建築や工芸などの技術も生み出されてきました。しかしそうした技術的側面以上に、銅山の利を求め、多くの、それぞれに異なる背景・アイデンティティを持った鉱夫達が集まったことで、民衆レベルで独特な文化・コミュニティ・を形成し、それら全てが特有の社会システムとして発展してきました。

しかし多くの鉱夫が去った今、その特有の社会システムや文化は、残されているものもありながら、ほとんどは記録されることも保存されることもなく、消えようとしています。

今はもう無いカタチが、 空洞のような景色の中に「土地の記憶」として眠っています。

わたし達アーティストは、 かつての鉱夫と同じように、 それぞれに違った視野・アイデンティティを持って、この街に降り立ちました。それらを手探りで揺り動かし、掘り起こしてきました。

そして渡良瀬という地域の奥深く…とされていた足尾は、日光までの道すじの「過程」であり、また現代へと続く近代史が「通過」してきた場所でもあります。

ここにはいくつもの、眠ったままの記憶・時間、放棄された領域、行く先の異なった道があり、それらは重なり混ざり絡みあい、今これから、この先へ向けて進み始めようとしています。

全会場を挙げての一斉公開を行わないため、ご来場の皆様にはご迷惑をおかけすることを、お詫び申し上げます。

しかしながらお詫びとともに、本展のコンセプトをご理解のうえご高覧いただき、わたし達の変化の過程と、見据えている将来像へ、わたし達と同様に、皆様にも思いを馳せていただけたら幸いです。


WATARASE Art Project 副代表:皆川俊平

2009年08月23日

ゆるやかな浸食を映す:旧内田邸(沢入)

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内田邸は、東村では知る人ぞ知る瀟洒な邸宅であり、また内田家は「財閥」と揶揄されるほどの名家である。
大正期に建てられ、別宅・別荘のように使われていたようで、派手ではないものの、良質な材で建てられ、質の高い細工が施されている。
邸内の随所から内田家の財力をうかがい知ることができる。

2007年に、わたらせ渓谷鐵道の社長(当時)からこの場所を紹介され、2年越しの今年、展示会場となった。
林業・石材によって財を成した内田家は、沢入の旧家の典型である。しかし、典型であって文化財となるほどの「特別な場所」ではない。これは重要なことで、地域の特別な場であれば、その特殊性などから、地域性を汲み取ることも容易である。
だが、内田邸からは「沢入らしさ」はわかっても、「沢入であるべき理由」までは、作品を持ってしか伝えることはできない。


旧内田邸の作品:「式と色の家」は、邸宅を丸ごと『宿』としたものである。
もともと別荘のように使われていたため、内部構造は1、2階とも客間があり、宿として使うに都合の良い作りをしている。
この『宿』での一晩を通じて、私は沢入の土地と、この邸宅の関係を感じさせようとした。

私は、この邸宅にまつわる話をほとんど知らない。
しかし知らなくとも、渡良瀬川と支流:黒坂石川に面し、周囲を杉の大木に囲まれ、その立地ゆえに、良質な木材で建てられていても、目に見えるところも見えないところも腐食が進んでいる。
ゆるやかにこの土地に浸食され、いずれ朽ちゆくであろう瀟洒な邸宅の今の姿と行く末を、静謐に、しかし濃密に、そして冷たく、作品へと映し映され、映し取ろうと思った。



考えてみれば、私たちは渡良瀬にとって「事後の世代」なのである。
足尾銅山の公害問題に対してもそうだが、東村の林業など主要産業の衰退、草木ダムの建設(草木村の水没)など、地域での大きな出来事は私たちが生まれるより以前に起きている。
今の渡良瀬の姿は、私たちが生まれた頃にはすでにできていた。
社会に名の残る大きな出来事の事後に生まれた私たちは、その出来事をただ受け止めることしかできない。
しかし、事実(史実)に一定の距離を置くこともでき、この土地のゆるやかな変化を丁寧に見つめることができる。
それは、先に述べた「沢入らしさ」と「沢入であるべき理由」でもないが、プロジェクトが「渡良瀬であるべき理由」を強く持たないものの、この土地での出来事や現状を、他の土地での事へも広げて考えることができる。
そうした意味で、いち地域の限定性を飛び越え、容易に拡大することができる。

2009年のプログラムとして、渡良瀬の諸地域を細分化し、会期を3つに分けて展開していることも、それぞれの地域に深く入り込むことを目的としながら、逆説的に他地域へと広がる普遍性をも生み始めている。



余所から来た「事後の世代」の人間が、その街に潜り込み、客観として街の姿を見つめている。
それは大きな時代の波が過ぎた後の余韻を観察しながら、次の変化の予兆、期待を観測している。
私たちは、ゆるやかな「何か」を見るための潜望鏡のようなものである。


皆川俊平
東京芸術大学大学院 博士後期課程
ワタラセアートプロジェクト副代表

2009年08月22日

[記憶を纏う] マンガン工場

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私たちは今回、地元の方々をモデルに迎えマンガン工場の中でファッションショーを行いました。

初めてマンガン工場と出会った時は衝撃的でした。何十年もの時と記憶が積み重なって眠っていたかのような空気がそこにはありました。
私たちはここでしかできない何かをしたいと思ったのです。

そして、私たちが感じた[記憶]をテーマにファッションショーをしようと考えました。
モデルさんたちを地元の方々の中から探し、その人たちと[記憶]をテーマに対談をし、そこから生まれたイメージから私たちが衣装を作りショーを行う。その記憶とどう向き合うか、これからどう関わっていくかショーを通して考えるきっかけになれば、と考えました。

一人一人記憶は全く別でなんの繋がりもないものだけれど、ショーをつくりあげてみて、こうやって同じ時をすごしていることに繋がりがあるように感じました。



私たちにとって現場というのはどこにいても制作に関わるところは現場です。学校でも家でも地方でも都会でも、そこでなにかが生まれるならどこでも現場です。

今回の現場は初めて都会を離れて、地元の人たちと一緒に何かを作りあげる場所となりました。
今までにない体験でした。色んなことを学びました。
人とのつながり、助け合い、地域性、など、その土地だからこそできること、できないことがあることをしりました。
そして様々な人たちとふれあい、何かを作りあげることの楽しさを心から感じたのです。
また参加してくれた方々が本番本物のモデルになっていました、本物の舞台スタッフになっていました、誰にでもどんな人でも何かを作り上げることができるのです。

私たちはこれだけで終わらせるつもりはありません。ここからがスタートです。
もっと様々な場所で、そこでしかできないことをして沢山の人にこの楽しさを伝えていきたいです。

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ワタラセアートプロジェクト
前川加奈×前野里佳企画
ファッションショー[記憶を纏う]

日時:8月22日 17時〜
場所:群馬県みどり市大間々、旧桑原利平マンガン工場


前川加奈
前野里佳

2009年08月21日

WAP09 / 群馬県旧花輪小学校

私は人と人との関係や、コミュニケーションを作品の題材にする事がよくある。
何故ならそれらが支える社会に興味があるからだ。コミュニケーションが希薄化したといわれる今、作品と人との関係も変わり、また、新しい媒体として現代美術が担うポジションがあるのではないだろうか。そういった視点をもちながら今年の WAPに参加した。

現在、旧花輪小学校内2箇所の階段間.踊り場倉庫にてインスタレーションの展示と、土日のみ沢入駅周辺にて映像パフォーマンスを石川さんと行っている。



6、7月頃、現地の花輪と自宅のある東京とを往復しながら、様々なギャップを発見し、それに触発されながら制作をしていた。それは主に現地のおじいちゃんとの会話の中で生まれたが、彼らに共通して見受けられたのが、現代美術=自己解釈で何かを感じ取れ!という意識であり、私はその作品へのコミットの仕方に疑問があった。
現代美術の解釈の多様性は、鑑賞者を混乱させ、更にそこで思考を停止させている。つまり、コンセプトは曖昧で恣意的なものである。それを理解したうえで鑑賞者に興味をもって貰うための装置が作品であるが、この場合の恣意特有のふくよかさは、作品と共にあり擁護するものではなく、飽和したまま固まってしまった作法に他 ならない。

そんな事も考えつつ制作、会期が始まり、展示の説明とパフォーマンスが始まると、鑑賞者の2種類の反応を見ることが出来た。1つは私に対して、無意識に強制された鑑賞の作法で感想を言ってくれる場合、もう1つは作品に対して、自然にその中へ入り込み、単純に楽しんでくれている場合であった。後者の方は、地元の 40年前の映像や、小学校にあった視力検査機など、現地にあったものからインスピレーションを受けた鑑賞者参加型の作品と接する時、それは顕著に見られた。そういった鑑賞者や地元の人の反応を見ていて、作品と鑑賞者の関係は本来こういったものであるのかな…と思わされた。
何か少しの理解できる切っ掛けがあるだけで、鑑賞者は作品の中にどんどん入ってきてくれる。そこの入り口を開拓するのが今回の制作では醍醐味であったかなと感じる。

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齋藤 光

2009年08月20日

拡張映画 上映パフォーマンス //沢入駅周辺8/20

夏の会期も残すところあと3日。
 
 8月8日の夏会期スタートから毎週末、沢入駅周辺で自分と齋藤光との共同で企画をしてきた、数台のフィルム映写機とプロジェクターによる"拡張映画"と題した映像パフォーマンスも週末の土曜/日曜が最後の上映となる。
 
 拡張映画とは固定の映画と言う概念、長方形のスクリーンを席に座って観賞すると言う通常の上映形態から、上映方法や視覚意識などを逸脱し映画を新たな位相へ持ち込もうとする表現方法であり実験映画の1つのジャンルである。自分達は沢入にて、普段なにもない駅の待合室や個人宅の窓ガラス、野外の池などに映像を同時上映している。
 
 
 今回のパフォーマンスでは、観客が作品の中へ映り込み影として参加したり、地面に映写された作品を色々な角度で観賞したり、あまりに大きすぎて実像が見えない映像を、観客自らが映っているものが何かを判別できる場所まで移動し、観賞したりといった、作品と観客という従来の観賞方法の関係を崩した映像作品を環境 や行為とし、上映することにより作品の中に観客自身を参加させようと試みた。
 
 普段観客1人1人が選択した、テレビを見る、映画を見るといった、構えた「観賞する.映像を見る」という意識を持ってから見るのではなく、
 意識外から、
 たまたまその場に通りかかり、
 たまたま何かが光っていて…
 映像が映っていて
 よく見たら何だか分かった
 
 …という
 意識から識別への過程を観客自らの行為とし、観客の頭の中で整理し、何の映像かと判断するまでの行動に軸を置いた。
 
 
 今回のパフォーマンス上映は、普段の日常的な環境内の思いもよらぬ場所で映像が映っているということにより、それらを偶然の観客として鑑賞した者が、視覚、思考という単純な行為を辿る…というプロセスそのものに驚きや発見がある作品にもなるのだと思った。
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 石川亮

2009年08月19日

-LIVE-《沢入,小夜戸》

沢入に滞在,制作,展示であっという間に約1ヶ月。
体がこちらの環境や時間軸に馴染んできたように思う今日この頃。

私の展示場所は沢入と小夜戸地区で、沢入ではインスタレーション、小夜戸では不定期随所に道路に絵を描いています。

小夜戸で実際に道路に描いていると、地元の方やお仕事中の郵便屋さんなどの方々がゆっくり車を走らせて覗いてくれます(好奇な、あるいは不可解な目をもって)。
お声をかけて下さったりもしてしばらくお喋りなんかしたり。

観覧者側の方と直に触れ合っていくうちに、小夜戸でのドローイングは、"描いたものが作品"ではなく、"描いていることが作品"になっている、というふうに思えてきました。
それは作品の善し悪しではなく、"行為"自体が意味を持っているのではないか。
とも思うのです。

そして神出鬼没でいつ出くわすか分からない、一種のパフォーマンスとも言えるこの小夜戸の田園風景での作品は景色に溶け込む、寧ろ小夜戸の景色をより注意深く見ていただけるものになったのではないでしょうか。

会期終了まであと4日。

写真は小夜戸地区散策中に出逢った芋虫くん。結構でかい。
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西川 祥子

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今日は大間々駅でのインフォメーションとマンガン工場での受付をしました。
ずっと小夜戸を中心に動いていたので、今日やっと大間々の様子を知ることが出来ました。

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ファッションショーが予定されているマンガン工場の内部がとても格好良く、当日あの場所からどんな世界が生まれるのだろうと思うとわくわくしました。
何より、すごく楽しそうにファッションショーについて語る前川さんが輝いていました。楽しみです!
受付をしている間も、奥からモデルとして出てくださる現地の方と前川さん・前野さんの楽しそうな声が聞こえ、良い空気の中で準備が進められているんだなぁーと感じました。
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わたしも「つくる」ことにポジティブでありたいな、と思った1日でした。
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内田 夏実

2009年08月16日

パフォーマンス「クダメ」in桐生

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きりゅうというまちのなかにその建物は佇んでいる。


その建物は、下の階から上の階まで、縞模様の幕が掛かっている。
縦縞の幕はあかくもくろくもなく、桃色と白色である。
ガラスで張られた箱の向こうには、ひとびとの肖像写真が浮かんでいる。
ひとびとは皆、やはり一様に縞模様の装束を纏っている。


その建物は、ひとびとがそこへ迷い込むのを待っている。
あるじのいない従者たちが、希望を込めてあなたを待っている。
あなたと、あえることを切実に待ちわびている。


夏の日照りと盆の行列がにぎにぎしく通り過ぎ、
夜には落雁や提灯のやさしさそのままに、
ただ薄紅色にぼんやりとそこにあり、
そして必ずやその箱は空っぽになり、なにもなかったかのように姿を消し―
またどこかへ移動していかなくてはならない。
なかまたちを連れて。


もう終わりが近づいている。
とても寂しい。
あとふたつの日が終わると、わたしたちはここを去らなければならない。
けれど無理につれていくことはしない。
会うための約束もしない。


あなたが、ただ立ち寄って、
しばしの時間をここで過ごしていくことを待っている。



Eily K Jammy

2009年08月08日

ワタラセアートプロジェクト2009 AZUMA開幕

ワタラセアートプロジェクト2009夏会期が今日オープンした。

5月に桐生/大間々で行われた春会期から3ヶ月、
無人駅の駅舎に巣を作っていたつばめが巣立つ頃
再びわたらせ渓谷鐵道の沿線でアートプロジェクトが開催された。

ワタラセアートプロジェクト2009は会期と会場を三つに分け、
春・夏・冬と年に三回開かれる。
季節が進むごとに会場は渡良瀬川を遡るように上っていき
夏会期ではわたらせ渓谷鐵道のちょうど真ん中に位置する旧東村を範囲としている。

足尾銅山の銅を運ぶ銅街道の宿場町として栄えた沢入・花輪、
今日も豊かな自然と穏やかな里山が美しい小夜戸地区。
この会期で見ることの出来る「わたらせ」の表情は
春会期で見せた桐生/大間々の都市や街としての様相とは大きく異なる。


緩やかな稜線を描く青い山と共に、遮るものなく広がる田畑の坂道を
自転車で駆け抜ける瞬間が私は好きだ。
どこまでも空が高くて、川の流れる音が聞こえ、
たくさんのトンボが飛んでいる。
この場所に居ると、体から気持ちが広がって出ていく気がする。
日差しは暑くても、常に心地好い風が吹いている。
飛ばされそうになる麦藁帽子を抑えながら渓谷に掛かる大きな赤い橋を渡る。

帽子のリボンを結び直して道を進めば、
今日も旧道の跡が至る所に残り、石碑や石仏が数多く見られる。
古くから続いてきた信仰や精神、人の生活の上に私たちは生きていることを気付かされる。

呼び止められて振り返れば、
顔馴染みの地元の方がキュウリをくださる。
自転車を止めてキュウリをかじる。
土地と自分の呼吸が合っていくことを感じる。
この場所にある時間や空気や温度や匂いの何もかもを
飲み込んで留めておきたくなるような夏が始まる。


人がやって来ては出て行き、常に流れていた宿場町。
目を上げれば渓谷を流れる渡良瀬川が見える。


私たちはその先へ行こうとしている。




ワタラセアートプロジェクト代表 上原和美

in AZUMA Introduction - ごあいさつ

この場所に立つと、過ぎて来た街と向かって行く街の両方を見ることが出来る。

わたらせ渓谷鐵道の中間に位置し、かつては宿場町として栄え、今日も豊かな川の流れる旧東(あずま)村地区。

渡良瀬川を遡るように進んで行くワタラセアートプロジェクト2009の三つの会期のうち、第二弾となる夏会期「あずま」では、うねりにも似た急き立てるような勢いが感じられる。

何かを目指して確実に進み始めたこのプロジェクトが、
途にあるこの地<旧東村地区とその周辺>を舞台としたとき、
そこには「今・この場」にしか現れないものが生まれるのだろう。

わたし達はその先へ行こうとしている。


日程:2009 8/8 (Sat) - 8/23 (Sun)

2009年05月01日

Project Information - はじめに

2009年のWAPは、群馬県から栃木県へと至る「わたらせ渓谷鐵道」の沿線にて、3つのプロジェクトからなる現代美術展を順次開催します。


全長約40km、2県3市町村にまたがる沿線全域を、特色の異なる3つの地域に分け、それぞれに異なった展開を予定しています。


それは、WAPというひとつのプロジェクトが様々なアーティストの集合体であり、同時にいくつもの、多観点であるからこそ可能なことであり、また2009年のプログラムは、今後の新たな展開へと続くていく大きく深い意味を持っています。


そこにあるのは、継続による現状維持ではなく、変化と進化を継続する姿勢です。わたし達がわたし達らしく生きて行けるにはどうしたら良いか ー そんな小さな疑問や衝動が、ドラマティックな風景とともに、地域と芸術、次世代のアーティストによる表現の新たな可能性をも生み出すことでしょう。

日程:
in KIRYU / OHMAMA :2009 5/1 - 5/10
in AZUMA:2009 8/8 - 8/23
in ASHIO - NIKKO:2009 10 - 12